コラム

対戦中に思考する感覚派プレイヤー

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自分のことです。

今回は、思考における「感覚」「論理」について少し掘り下げてみました。

内容自体は基礎的な内容が多いですが、自分の思考整理も兼ねつつ「感覚」の意義について言語化して「論理」に落とし込んでみようと思うので、その点で少しでも参考になれば幸いです。

 

対戦中の長考

昔誰かに「対戦中も色々考えててすごいなと思いました」と言われたことがある。確かに僕は、選出時間は90秒フルに使うし、対戦中の技選択も、毎ターン45秒とまではいかなくとも中々時間を掛ける方だ。

しかし僕は、この長い思考時間で本当に色々考えられているのだろうか?

確かに、論理らしきことを呟きながら最適解らしき選出・プレイングをしているが、後で考え直してみると最適解を見逃していることが頻繁にある。こんな杜撰な思考が「論理」に基づいた正常な思考だなんて到底思えない。

ただ、改めて考えてみれば当たり前のことだった、たった90秒、たった45秒で、「全てを考慮して・先々まで見越した・正常で的確な論理的思考」が完了するはずがないのだから

天才でもない限り、試合中の選択時間のみで全てを考え尽くすことは到底不可能だ。凡人の僕にとって、試合中の長考は「論理」などではなく、時間に追われる中で行った「感覚」的な思考に過ぎなかったのだと思う。

そりゃプレミもするわけだ。

 

「論理」に必要なもの

「論理」を行うには、正確な前提情報考えるための時間という二つの要素が必要なのではないかと僕は思う。正確な前提情報が揃わなければ論理的思考というプロセスを経ても最適解は帰ってこないし、考えるための時間がなければ十分に再検証された信用性の高い答えは出すことができない。

そして対戦中は、この二つの要素が非常に不足しやすい状況にある

時間が不足するのは言わずもがなだが、試合中に正確な前提情報を完璧に揃えるのがこれまた難しい。まず、環境に存在する構築の中身やポケモンの調整などの情報は、(カンニングできる場合を除けば)暗記or記録しておくことでしか対戦中に取得する術がなく、また対戦中に取得できる相手パーティの情報や現在のフィールドの状況であっても、見た目の印象やその場の気分に左右されて歪んで取得されてしまう可能性がある。

気が抜けていてフィールドの状況を失念していた、同じ6体の並びなのに順番が違うだけでパーティの印象が変わって見えた、負けが込んで気分が荒んでいたためにいつも通りの思考ができなかった、そんな経験が誰でも一度はあるだろう。

「論理」に必要な要素が不足しやすい対戦中では、思わず「感覚」に頼った不安定な思考をしてしまいがちなのだと思う。

だからこそ、対戦が始まる前に既に特定構築への選出パターンや主な立ち回り方を決めて、「論理」による思考を終わらしておく必要があるのだ。

構築段階やシーズン途中の対戦外の時間であれば時間は十分にあり、また情報も必要な分だけ集めることができる。試合前に対戦のシミュレーションを行いながら「論理」による思考を済ませておき、対戦中に必要になる思考量を最低限にすることができれば、時間と情報の不足を防いで「感覚」に頼る機会を減らすことができるはずだ。

選択肢の最終確認(プレミじゃないか)のために対戦中に長考するのは良いことだが、毎ターン・全試合0から思考をするために長考していては、それは論理っぽく見えるだけの「感覚」に頼った思考に過ぎないのだ。

 

「感覚」による思考の問題点

ここまで何となく「感覚」に頼ることはいけないことだ、という前提のもと話を進めてきたが、ここでは「感覚」に頼りすぎてはいけない理由について確認しておきたいと思う。

「感覚」による思考の問題点としては、やはりその不安定さがまず挙げられる。

「論理」で考えるよりも短時間で結論が出せるためつい多用しがちだが、その分「感覚」で出した結論は十分に再考されていないため正しいという根拠が薄く、また気分にも左右されやすい関係上一貫して最適解を選び続けられる可能性も低い。

さらに、「感覚」で戦い続けるためには負け試合や環境の機微から小まめに「感覚」の矯正を行わなければならないのだが、目まぐるしく変わる環境の中で、正確かつ柔軟に「感覚」を矯正していくことは決して簡単なことではない。一歩でも間違えればたちまち正体不明のスランプに突入し、ポケモンが分からない状態にまで陥ってしまうこともあり得る。

このように、「感覚」を主軸にしたまま安定して勝ち続けるのは本当に難しいことだ。それで勝ち続けられる人は、気分やその他の雑要素に左右されることなく一貫した「感覚」を持ち続けられ、さらに論理による正確な「感覚」の矯正を的確に適用させることができるようなセンスを持つ極一部の人だけだろう。

このようなセンスもなしに「感覚」に頼ってプレイし続けても、勝ち切れないのは当然のことだ。

 

「感覚」による思考の利点

とは言え、「感覚」による思考が全く必要ないという訳ではない。

ここまでの話では、「論理」は正確な答えを出しやすい思考方法だが、この思考を成立させるためには考えるための時間と正確な前提情報という二つの要素が必要になるため、この要素が揃いやすい試合前に「論理」による思考を済まそう、という話だった。

しかし、たとえ試合前であっても、後者の「正確な前提情報」を完璧に揃えるのはほぼ不可能だ

前提情報とは、環境に存在する構築・環境に多く存在するポケモンの型などの基礎情報はもちろんのこと、その上で発生し得る全ての問題提起というものもその中に含まれる。あらゆる構築(≒ポケモン6匹の組み合わせ)に対して、構築上・選出上どのような問題が発生し得るのか、またあらゆる対面・あらゆる状況でどのような問題が発生し得るのか、まずそういった「問題提起」がなされなければ論理的思考を始めることさえできないはずだ。

構築段階から、発生し得る全ての状況を想定しておくことは現実的に考えて難しい。また対戦が始まってからやっと問題が発見できたとしても、対戦中故に今度は論理的思考を張り巡らすための時間が不足している。全ての問題を「論理」を以って網羅するのは不可能なのだ。

そしてここで、このような「論理」を扱う上での人間の不完全性を補ってくれるものこそが「感覚」なのだと思う

構築を組む前から全ての状況を想定して論理的に完全な構築を組むのは不可能だが、ある程度の環境知識から感覚的に刺さりそうな構築案を思い付くことはできる。また、対戦中のイレギュラーな状況で論理的な正解択を導き出すのは難しいが、感覚的なそれっぽい選択肢であれば容易に取ることができる。そういう、あくまで「論理」の補助としての役割が「感覚」の適切な使い方なのではないだろうか?

もちろん、「感覚」の不安定さには目を瞑ることになるが、その点は試合後に反省という形で当時の選択が正しかったのかを論理的に再考して次の試合に活かせば良いし、またある程度の経験を積んできたプレーヤーであれば、「感覚」による決定も大外ししないと言える程度には信用できるはずだ。

 

「感覚」と「論理」のまとめ

思考は「論理」を主軸に「感覚」の補助を用いて行うべきだ

しっかり根拠があり、的確な修正がしやすい「論理」の方が正解択を選びやすいのは当然のことだが、人間は常に完璧な論理的思考ができるわけではない。そこで、論理的思考ができない場面を「感覚」で補うことにより「論理」で網羅できなかった思考の穴を埋め、さらにその後、漠然としていた「感覚」を一つずつ丁寧に言語化して「論理」に還元していく、そんな思考サイクルが「感覚と論理」の適切な関係なのではないかと思う。

論理的に考えているはずなのに何故か勝てないという人は、いま一度、自分が本当に「論理」に基づいて思考できているのかを考え直してみてはいかがだろうか?

 

…という、半分当たり前の話でした。

僕は対戦回数を稼いで「感覚」を強固にしていける方ではないので、もっと勉強して「論理」に寄らないとこれ以上は勝てないよなーって感じです。いかんせんモチベが地の底なので実行できるかどうかは分かりませんが、

ということで今回は以上です。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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